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第47回 随筆随想コンクール 最優秀作品

生きる希望

東京都 五味 靖子(ごみ やすこ)

私は現在三十一歳。
十一年前に突然原因不明の病によって両目の視力を失ってしまった。
二十歳の頃の私はツアーコンダクターの夢を実現するために毎日専門学校へ通い、勉強に励んでいた。
夢を追いかけている最中の不幸。
絶望とやり切れなさ、そして視力を失った恐怖感。
何度もこれが夢であって欲しいと願った。
生まれて初めての苦しみに耐えられず、友達に電話してしまう。
「視力を失って、もう生きていたくない」
「何も出来ない、何も楽しめない」「苦しいよ…辛いよ…」
こんな弱音をはく私に友達は、
「辛くなったらいつでも電話してきて」
「病気に負けないで」「きっと、治るよ」
一生懸命勇気づけてくれた言葉を無情にも
「私の立場になってないから、そんな軽いことが言えるんだよ」
と返してしまう。
友達は小さな声で「ごめんね…」と言って電話を切った。
少し経って自分が返した言葉に後悔する。
そして電話を掛ける前よりもっと辛く苦しくなった。
なんであんな言葉を返してしまったのだろうか?
性格まで壊れてしまったのか、私は…
自分を責めるしかなかった。
次の日、友達が家を訪ねてきた。
「昨日はのんちゃんの病気のことを何も考えないであんな軽いこと言ってしまってごめんね」
友達はそう言うと、私の手を握ってくれた。
謝らなくちゃいけないのは私なのに…
「私こそごめんね…」心の中で呟くだけだった。
友達はその日、大きく書いた数字とカタカナの文字の切り抜きと大きなノートを持ってきた。
「電話番号が書いてある手帳を見せて」
そう言われ、自分の手帳を差し出した。
友達は私の手帳に書いてある名前と電話番号を見ながら、大きなノートに切り抜きを貼っていく。
「ほら、出来たよ」
そう言うと、友達は私の指を大きなノートに貼った切抜きの上にのせてなぞっていく。
「これが【ア】、次が【オ】、そして【キ】、これが青木さんの名前、下の列が電話番号だよ。分かる?」
アオキさんの名前と電話番号、指先で感じとれた。
「分かったんだね。よかったー」
「これで誰にでも電話掛けられるようになったね」
友達は嬉しそうに自作の電話帳をプレゼントしてくれた。
そして、眉毛を整えてくれたり、マニュキュアも塗ってくれた。
「のんちゃんには、ずっと生きていて欲しい」
「自分のためにも、私のためにも、それからみんなのためにも」
「何も出来ないと思わないで、出来ることからやろう」
「このくらいのことしかしてあげられないけど、出来ないことは私が手伝うから」
友達の言葉に涙が溢れてきた。
「ごめんね…ありがと」やっと素直に言えた。
こんなに一生懸命私に生きる希望を与えてくれているのに投げやりになっていた自分が恥ずかしくなってきた。
結局自分は、何も出来ないのではなく、何もしようとしなかっただけ。そう気付かせてくれたのは友達だった。
次の日から私は出来ることを探した。
まずは一人で歩けるようにしよう。
今日は、一人で白杖を使って家の回りを一周歩けた。
今日は公園まで行けた。
今日はバスに乗って、友達と待ち合わせが出来た。
少しずつ増えていく出来ることが嬉しかった。
次は何が出来るだろう?
小説が読みたいから点字を習おう。
そう決めた私は、障害者会館で点字を習った。
そして家で三~四時間かけて小説を読み続けた。
三~四時間でやっと十ページだけど、でも毎日が充実してた。
障害者会館の方に勧められ盲学校にも通い、マッサージ師の免許を取ることが出来た。
そして、今の私がいる。
私は今も次に出来ることを探し続けながら頑張って生きている。

本文 おわり

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