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館長就任のご挨拶

館長 立花明彦の写真
館長 立花明彦 (たちばな あけひこ)

本格的な春の到来を伝えるべく、桜前線が北上しています。桜は、日本人の暮らしに密着し、心に寄り添い続けてきたからこそ、今も日本人にとって最もなじみ深く、特別な存在の花になっているのかもしれません。春は新たな出発や出会いの時期でもあり、桜に祝福され、激励を受けて新年度を迎えた方も少なくないことと思います。私もその一人で、21年間を過ごしたキャンパスのソメイヨシノに見送られ、日点の若い桜「春めき」に迎えられて、長岡英司(ひでじ)館長の後を継ぎ、第八代となる館長に就任しました。どうぞよろしくお願い申し上げます。

当館機関誌『にってんフォーラム』2022年1月号で田中徹二・前理事長は、創設者の本間一夫先生を見習って、視覚障害者にバトンを渡すことを真剣に考えたこと、長岡館長がその期待に応えられていること、そのあとも視覚障害者が続いてほしいと望んできたが、その希望の光がいま見えてきたので、安堵していると記されていることからも推測されるように、私は視力0.01の視覚障害者です。当館が創立21周年の記念日を迎えた1961年11月10日、広島県の瀬戸内海に浮かぶ倉橋島のみかん農家に生まれました。10歳で緑内障を発症し視力を大きく低下させたため、地元の盲学校へ転校して点字を習得し、高等部までの8年間をそこで過ごした後、広島を離れ大学へ進学。大学では図書館学のゼミに所属しこれを専攻して図書館司書の資格も取得しました。

社会人としては、中途視覚障害者のリハビリテーションセンターでコミュニケーション訓練の指導に当たり、その後、点字図書館で点訳者養成や中途視覚障害者の点字指導、レファレンスサービスに従事しますが、並行して大学院にも在籍し、視覚障害者の図書館サービスに関する研究で修士課程を修了。これを機に大学教員に転じて公立の短大に籍を置き、社会福祉学科の教壇に立つと同時に、点字図書館史や、らい予防法下のハンセン病療養所盲人についての研究を続けてきました。今般、改めて点字図書館の現場に帰ることになりますが、それは11月10日に生を受けたことが図書館学へ私を導き、当館との不思議な縁をもたらしているように思えてなりません。

同じ『にってんフォーラム』で田中・前理事長は「しばらく視覚障害者が運営していける体制が整ったように思う」と述べつつも「それがいいと出るか悪いと出るかは視覚障害かどうかではなく、引き受けた人の資質と考え方にかかっている。時代も変化していき、本間先生の路線を受け継ぎながら、時代に沿った日点の発展を期待する」とも書いています。これは、今日の障害者福祉を推進するうえで主流の考えになっている「当事者主体」と共通するもので重要であり、しっかりと心に留めておかねばなりません。同時に、後を託された者には大きなプレッシャーでもあり、身が引き締まる思いです。

創立者の本間一夫は、視覚障害者の世界が読み物にいかに乏しいかを人一倍痛感し、晴眼者の世界には、無料で読むことのできる本を多く備えた公共図書館があることに苛立ちさえ覚え、視覚障害者のための図書館を設立したいとの固い決心をもつに至りました。開館した月に発行した『図書館ニュース創刊号』の「開館に当たりて」で本間は「権利において、義務において晴盲二つの世界があくまでも公平でなければならぬ」との事業の理念を語っています。これは1981年の「国際障害者年」のテーマ「障害者の完全参加と平等」に通ずるもので、本間の見識の高さに脱帽させられます。創立から80年余りが流れても、その理念は何ら変わるものではなく、各事業を通して視覚障害をもつ人々の社会参加の促進を図ることが当館の使命です。それを果たすべく、職員と一丸となり、邁進します。

ICTの発展と普及で、点字図書・録音図書の製作はデジタル化され、それによって電子図書館「サピエ」が構築され、視覚障害者の読書環境や情報入手環境は大きく向上すると同時に読書形態も選択肢が増しています。しかし、こうした恩恵に浴している方々は視覚障害者数全体からすれば、一部に留まっていることが全国的な調査や当館の利用登録者数等から読み取ることができます。より多くの方々に「知と文化の泉」である当館を利用いただき、日常生活での不便さや不自由を少しでも解消し、必要な情報や資料を得て、生活の質の向上を図っていただきたいと願っています。また既に利用いただいている方々へはサービスの新たな利用で生活が一層豊かになる可能性を積極的に伝えるなど、引き続き広報活動に注力します。

製作体制の充実も図らねばならないと考えています。近年、日本人の生活様式が変化し、それに伴って全国的に点訳や朗読等のボランティアの高齢化と減少が進み、点字図書や録音図書の製作と提供への影響が懸念され、当館も例外ではありません。また、製作現場では、点訳・朗読のための高度なスキルをもつ人材の確保が難しくなっています。このような状況に対処するために、製作実務を担える人材の育成に努めます。併せて製作設備の充実・強化にも取り組みます。これらを通じて図書情報の提供の即時性と資料の質、魅力ある蔵書構成の維持を図ります。

図書館情報学において「本・建物・人」は図書館を構成する三大要素とされています。ここでの“人”は図書館スタッフを指しますが、こと点字図書館にあっては、これに加え点訳・朗読の協力者、財政面で支援くださる方々をも含まねば館は成り立ちません。本間一夫も『蔵書目録第3版』(1948年6月)の中で「この種の事業は、直接利用する読者と、職員と、周囲から援助する晴眼者の力とが三位一体化されて初めて完全を期し得られる」と記しており、人との結びつきによって図書館事業が完成し発展することを述べています。改めて、皆様の当館に対する変わらぬご指導とご支援をお願い申し上げます。

2022年4月1日

※前館長・長岡英司は、理事長に就任いたしました。


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